「暖簾を引き継ぎその真の意味を知れば、つぶれる店はない」顧問先の山崎啓司さんの開業当時の体験を伺いました。

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土田会計事務所 : 耳よりミニ情報 : ミニ情報バックナンバー : 六義園長寿庵の山崎さんのお話

六義園長寿庵 代表取締役 山崎啓司さん お蕎麦屋店主

2004年1月

信  念
やってやれないことはない、失敗は成功の基。
研究の誠心を持ち、これを怠らない。
お客様あっての商売。美味しいものを創る。

昭和33年の春、新潟県三島郡寺泊町の中学卒業後、東京(北新宿)の赤坂長寿庵柏木店 松井松雄氏のもとに就職。修業は、ご近所の職安や保健所へのご用件聞きからはじまりました。「当時は、朝早くからメニュー配布をしながら、走り回って、誰よりも早く動き多くの注文をとりつけました。他店や兄弟子との競争心が、自分の気持ちを支えていました。お得意さんと顔なじみになるように努めれば、会話から豊富な情報を与えてもらえることも知りました。それこそ専門的な知識から近所の火事の話までと色々とありました。」

独立に至るまで11年。修業をしてきた店舗を引き継ぐ形で開業に漕ぎ着けました。「『暖簾わけ』ということは大変なことなのです。松井親方からは10年勤めれば、店を出してやると言われていましたが、そのお互いの信頼関係だけで我々は勤め上げました。意見の言い合いのため、喧嘩もたくさんしましたが、店作りから自分の結婚のことまであらゆる面倒と指導を受け、親以上のことをしてくれる『暖簾』のおもさを強く感じました。お店を引き継いだ後は、これをけがさぬようにと、みんな努力しているのだと思います。」暖簾のおもみは、お店の発展につながりますが、それは人つくりなくしては、店が成り立たないことを意味していると語ってくれました。

今日の山崎さんは、お蕎麦屋の後継者が不足していること、特に若い人達が修業をすることに目を向けられないこと、そして、修業の大切さを伝えきれない現状に危惧しています。「今の時代にはあわないと思いますが、一歩一歩前進さえすれば、目標に必ず達することができる。このことをもっと若い人達に伝えていかないと。」これがご自身の体験を通して、信念としていることです。暖簾(看板)を引き継ぎその真の意味を知れば、つぶれる店はないそうです。

現在は、四季を彩る本郷六義園(駒込駅)際に店舗を移し、あれから45年たった今も、日々お蕎麦の研究に励んでおられます。「美味しいものをつくるためには、皆で意見を出し合い、工夫を凝らすこと。結果を出すために研究が絶対必要です。素材から調理手法まで深く突き詰めて、良いものと悪いものの振り分けを重ねていかないと。」お客が蕎麦を喜んで食べて頂く事が、何よりもうれしいことだそうです。


担当者 大坪が知っている山崎啓司さんは・・・・

がむしゃらな根性。
青信号は誰よりも一番に渡りきる。
体に刻まれた企業理念・・・・

所員 大坪孝幸

2004年1月

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